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SPECIAL TALK

【特別対談】最初から専門家だった人なんて、一人もいない

〜AI特別顧問 武田秀樹と考える、AI時代のキャリアと「AIラボ」〜

リーガルテック企業のCTOとして米国NASDAQ上場を経験し、京都大学での特任教授も歴任。現在はADiXiのAI特別顧問として、生成AI領域の支援や社内エンジニアの育成を牽引する武田秀樹さん。

今回は代表の金沢と武田さんの対談形式で、武田さんのキャリアの軌跡から、AI時代の学び方、そしてADiXi「AIラボ」にかける想いまでをたっぷり伺いました。 「最初から専門家だった人なんて、一人もいない」 その言葉の裏にある、武田さんの等身大のストーリーをお届けします。

PROFILE

プロフィール

武田 秀樹

武田 秀樹

ADiXi AI特別顧問

自然言語処理(NLP)と技術経営を専門とし、IT・AI業界で20年以上の経験を持つ。

2000年代初頭から法律・知財へのAI活用に取り組み、知財系スタートアップにおいて、日本政策投資銀行との合弁による日本初の本格的な「知財開発ファンド」の基幹システム開発に参画。

その後、東証上場のリーガルテック企業で、アジア言語に強いAIエンジンや、国際訴訟・不正調査向けのAIを活用した証拠発見・監査システムなど、日本初・世界初となる複数のシステム開発を主導。同社でCTOを10年、取締役を6年務め、経営陣の一員として、日本企業では14年ぶりとなる米国NASDAQ上場と、売上10億円規模から100億円規模への成長を経験。

2016年、政府「人工知能技術戦略会議」産業化ロードマップタスクフォースの構成員として、その策定に参画。 京都大学法学系特任教授(2022年〜2024年)として、技術と法を架橋する産学連携研究に従事。

2024年、株式会社Footlightを設立し、代表取締役に就任(現職)。

金沢 大輝

金沢 大輝

ADiXi 代表取締役社長CEO

これまでに6,000名以上のIT技術者に対するキャリアアーキテクトや、複数社における人事評価システム・組織設計のアドバイザーを歴任。

東京外国語大学中退後、黎明期のテックスタートアップ(現:東証グロース上場企業)に1人目の社員として参画。取締役営業本部長として、独自のグロース戦略により売上0円から68億円へ事業成長させ、東証マザーズ上場を牽引。 同社にて、HR Techソリューションプラットフォーム、最先端デジタル人材のリスキリング、システムインテグレーションなど、テクノロジーを基軸とした複数事業の総責任者として指揮を執る。 2022年10月、アディクシィ株式会社を設立し、代表取締役社長CEOに就任。

スタートはエンジニアですらなかった

金沢

武田さん、よろしくお願いします! 本日は、武田さんのこれまでのキャリアと、AI時代のキャリアの考え方をじっくり聞かせてください。

武田

よろしくお願いします。こういう場は何回やっても照れますね。

金沢

さっそくですが、武田さんのようなAIのプロフェッショナルの方は「昔から才能があって、ずっと最先端技術に触れていないとなれない」と思っている人が多いのではないかなと。 武田さんのキャリアの始まりから教えていただけますか?

武田

いや、それが全然違うんです(笑)。そもそもエンジニアですらなくて。大学は文系で、新卒で入ったのはWeb制作会社。職種もディレクターでした。

金沢

エンジニアではなく、ディレクターからのスタートだったんですね。 何かきっかけがありましたか?

武田

当時は、就職氷河期で、世の中全体の採用が冷え込んでいました。その中で、IT・インターネット業界は伸びていく唯一の産業でした。 ただ、当時はウィリアム・フォーサイスという現代舞踊の振付家の作品が本当に好きで、ダンスの振付家になるか、IT業界で働いていくかまだ決めきれていませんでした。

金沢

振付家!ダンスをしていると伺ったことはありましたが、職業にするか悩んでいたのは意外でした。では、その頃はプログラミングはしていなかったですか?

武田

仕事ではなかったですね。 大学では現代美術やテクノロジーアートのサークルにいて、振付ツールやEmacsのようなエディターは早いうちから触っていたんですよ。インターネットも面白いなとは思っていたんですけど、自分でコードを書いて開発することはできなかったです。

とはいえ子どもの頃からパソコンは好きでした。「マイコン(マイクロコンピュータ)」という今のPCの先祖みたいなものでゲームを書いていました。 プログラミングの仕組みはわからなくても、ゲームのコードが書いてある本を買ってきて打ち込んでいました。とにかくゲームを動かしたくて。ちなみに記憶媒体はカセットテープでした!

「口を出す人」から「作る人」へ

もどかしさから始まったプログラマー人生

金沢

そこから、エンジニアになろうと思ったきっかけを教えてください。

武田

Web制作会社の最後の方でプログラミングを始める機会がありました。 ナレッジマネジメントシステムのプロトタイプを作る必要があったのですが、手探りで作るしかなかった。また、当時CMSの概念が出始めたばかりだったのですが、パッケージがなくて。CMS開発のディレクションにもチャレンジしたのですが、エンジニアと話が噛み合わず。結局任されていたシステム開発部隊のマネジメントも外されてしまいました。 そこで、「作れるようになってやる!」という気持ちが燃え上がり、未経験でもエンジニアとして採ってくれる中小のSIerに入りました。

金沢

2社目で本格的にプログラミングを学び始めるんですね。最初に使った言語は覚えていますか?

武田

最初の3ヶ月は研修でした。C言語や開発エディターの使い方、リレーショナルデータベースの基礎をひたすら叩き込まれて。そのあとERPの大規模プロジェクトに、プログラマーとして入りました。エンジニアとしての本当のスタートは、ここですね。 そこから3年ほどプログラマーとしての経験を積んでいきました。

研究者の理論を「動くコード」に

ダンスの振り付けと重なった瞬間

金沢

伺えば伺うほど、今のAIの世界とつながっていくのか気になってしまうのですが いつAIと出会うのでしょうか?

武田

次の会社でAIと出会います。 主に製造業の会社が持っている技術の価値評価を、テキストマイニングでやることになって。 ただ、当時は「AIに携わりたい」という理由で入社した訳ではなかったです。今みたいに「AI」という言葉自体、一般的な言葉ではなかったです。

金沢

2社目でバックエンドエンジニアとしてDBを学び、3社目でデータを専門にしていったということですね。

武田

といっても、最初はマイニングは担当していなくて。データを分析する前のデータそのものを作る仕事がスタート地点でした。特許データや財務データの整備や、格納するデータベースの設計と実装がメインでしたね。

金沢

じゃあ、まだ自然言語処理には触れていないんですね。社会人になって4〜5年目くらいですか?

武田

もう少し後の29歳くらいですね。だんだん役割が広がっていく中で、研究部門とデータ部門が連携するようになりました。研究者が考えた分析の式をプログラムにして、大量のデータで回して、その結果を研究者に返す。ここで自然言語処理に関わるようになりました。

この頃はソフトウェアエンジニアとしても、ビジネスパーソンとしても仕事の幅が広がっていった時期でした。マネジメントの仕事も増えてきて。データ処理基盤のコーディングに関しては優秀な人がたくさんいたので、できる人に任せた方がよいものができる。自分がコードを書くメインは、顧客向けのデータ分析にシフトしていきました。ただ、自然言語処理を顧客に対する価値に転換することを考える必要があったのでそれはそれで勉強になりました。

データを作るところからはじめて、研究というプロダクト開発の上流から顧客への分析結果提供という下流まで一通り関われたことは、後から振り返れば大きかったです。とはいえ、これも意識してそうしたというより、空いている隙間を埋めていった結果に過ぎません。スタートアップあるあるですね。

金沢

研究者の頭の中にある理論を、実際に動く形にする役割ですね。

武田

そうそう。そういえばそのとき、データ解析のプログラミングってダンスの振り付けに似てるなと思ったんです。データと人という違いはあるにせよです。 全てを指示するのではなく、考え方の方向性や動きの構造を決めてやる。そこから魔法のように、多様な分析結果や動きが生まれる。

専門家でない自分がどこまでやれるのか、最初は恐れもありましたが、一歩踏み出してみると、自分が好きだった振付の世界との共通点も見えてきて。 恣意的な解釈かもしれませんが、自分なりのストーリーを見つけられると愛着も湧きます。数学の専門家じゃなくてもできるんだ、とエンジニアとしての自信もついてきました。

会社の倒産と、一生忘れられない「敗北感」

金沢

順調そうに聞こえますけど、壁にぶつかったことはありましたか?

武田

ありました。事業がこれからというときに、その会社がリーマンショックで倒産してしまったんです。あのときの悔しさと敗北感は、今でも忘れられないですね。 「自分は何もできなかった」「もっとビジネスの現場で勝てる力をつけないと」と、ずっと思っていました。

金沢

その状態から、次はどうされたんですか?

武田

友人に声をかけてもらって、リーガルテックの会社に入りました。ただ、条件だけ見ると年収は下がる転職だったんですよ。

金沢

年収を下げてまで!何が決め手だったんですか?

武田

自分のちっぽけなプライドとか、これまでの実績を守ることより、グローバルで勝負しているエネルギーのある場所に身を置くほうが大事だと思ったんです。 熱量のある場所に飛び込めば、きっと何か見つかる。根拠はないですが、そういう確信はありましたね。

売上は2年で5倍超、そしてCTOへ

「運が良かった」の本当の意味

金沢

そこから一気に道が開けていくわけですね。

武田

はい。当時、日本企業が関わる国際訴訟のデータ処理は海外製のシステムに頼っていました。そのため日本語の処理に問題が起こることが多かったのです。日本語の処理に強い、国際訴訟向けデータ処理・調査システムを自社開発し、切り替えるプロジェクトを任され、何とかリリースまで漕ぎつけました。

ちょうどその頃、日本企業が米国で訴訟や調査の対象になるケースが急に増えたタイミングも重なって。売上が2年で10億円規模から50億円規模まで伸びたんです。その流れでの実績の評価がCTO就任につながったと思います。 また、この分野は大量のデータの中から証拠データを見つけなければならないという特殊性から、世界的にも早くからAIが使われていた珍しい分野でした。大量の文書データの中から、関係がありそうな証拠をAIが予測して見つけ出す独自技術をほぼ同時期に作りました。 前職で自然言語処理を経験したことが生きましたし、この技術は翌年のNASDAQ上場時の成長戦略の柱となり、その後の事業の多角化の土台にもなりました。

今も私がやっていることは、AIによる新規事業の立ち上げですが、早く動いてマーケットの流れに乗れれば大きく成長できるチャンスがある。そう確信できたよい経験でした。

金沢

すごい…ドラマみたいな話ですね。今まで磨いた技術を他の分野に拡大し、ビジネス的な成長を実現したからCTOに就任されたということですね!

武田

運が良かったんですよ。前の会社から付き合いのあった研究者たちに知恵を借りられたし、信頼できる優秀なメンバーにも恵まれました。 振り返ると、技術よりも先に、いつも人とのつながりがあったんですよね。だから越えられた壁がたくさんありました。

武田さんの1日と「ヒューマン・オン・ザ・ループ」な働き方

金沢

武田さんって、情報を「人」から集めているイメージがあるのですが、AIの最新トレンドはどうやって追いかけているんですか?

武田

見ているのは、信頼できる人の意見と一次情報、ほぼこの2つだけですね。信頼している技術者に「最近何が面白い?」って直接聞いたり、アンドレイ・カルパシーのような海外のトップテクノロジストの発信や、先進的な取り組みをしているコミュニティのリポジトリを直接見に行ったり。 あとは、自分で作ったAIエージェントに、情報収集やデータの解析を手伝ってもらっています。

金沢

武田さん毎日お忙しいと思いますが、キャッチアップも時間とれているのですね!1日の過ごし方、すごく気になります。

武田

私、けっこう朝早いです。遅くても6時には起きて、まずAIエージェントの結果を確認します。時間があるときは、散歩してから仕事を始めますね。

武田さんの1日
武田さんの1日。23:00 就寝、6:00 起床・AIエージェントの成果確認、7:00 早朝散歩・思考の整理、9:00 打ち合わせ・プロジェクト推進・現場指導、20:00 プライベート(趣味・家族との時間)。

金沢

起きたら、エージェントが夜のうちに進めてくれた結果を確認するところから始まるんですね。AIエージェントとは、どういう役割分担にしていますか?どんなエージェントを使われているのかも気になってしまいます(笑)。

武田

複数のエージェントを回していますが、PR(プルリクエスト)まではエージェントに出してもらって、私がチェックします。大きな構想やマイルストーンをテキスト化するところも自分でやることが多いです。人間がポイントを理解していないと説明ができないので。ヒューマン・オン・ザ・ループで回しても、自分で説明可能な状態にしておくことは心がけています。

あと、気になった技術があったら、小さいコードを書いてみます。作っては壊して、また作る。本を読むだけだと、なかなか自分のものにならないんですよね。手で触ってみて、やっと理解できると思っています。

もし20代に戻れたら?

「完璧に理解してから動く」のをやめる

金沢

もし今の知識のまま20代に戻れたら、最初の3ヶ月で何をしますか?

武田

まず、「完璧に理解してから動こう」とするのをやめますね。最初の3ヶ月は、小さくてもいいから、動くものを作っては壊すことだけに時間を使いたいです。 今ならAIがあるので、プロトタイプを何個も作れると思います。座学に時間をかけるより、人に見てもらってフィードバックをもらう回数を、1回でも多くしたいですね。

金沢

とにかく手を動かす派なんですね。今悩んでいるエンジニアが、すぐに始められることってありますか?

武田

特別な環境がなくても、今日からできることがあります。

今日から真似できる!AI時代の学習・実践習慣
  1. 01

    わからないことは「AIに噛み砕いてもらう」

    わからない言葉や仕組みは、「〜〜の意味を、できるだけシンプルに解説して」「〜〜の仕組みを、具体例を3つ挙げて説明して」とLLMに聞けば、何も分からないということは無いはず。わからないことを恐れず、まずは聞いてみる。 複雑なことも、シンプルな原則に則って考えてみる。データを探すときには、探したいものが網羅できているか、間違いが混ざっていないか、というデータ探索の原則があります。LLMの場合はここに、答えてほしい構造を説明できているか、という要素が加わる。 この構図に、実際にエージェントが見ているデータを当てはめてみると、だいぶ見通しが良くなります。

  2. 02

    理解したら、すぐに「小さく試す」

    完璧に理解するまで待たない。AIに簡単なコードとサンプルデータを作ってもらい、手元で動かしてみる。作っては壊して、また作る。

  3. 03

    「指示を出して動かす側」に立つ

    「どんな指示を出せば、思い通りの結果が返ってくるか?」を試行錯誤する。AIを相棒として使いこなす感覚をつかむ。

  4. 04

    情報源を絞り、素直に試す

    追いかけるのは「信頼できる人の意見」と「一次情報」だけ。面白そうなツールや手法を見つけたら、食わず嫌いせずに一度触ってみる。

金沢

完璧にわかってからではなく、AIに噛み砕いてもらいながら、まず手元で動かしてみる。考え方というより、行動を変えるだけでも変化がありますね。

武田

そうなんです。ハードルはとにかく低くしていい。毎日のちょっとした開発にAIを相棒として入れておくのが、一番早くキャッチアップできるやり方だと思います。

休日は美術館とギター

アートとテクノロジーを行き来する時間

金沢

プライベートでは、美術館によく行かれたり、ギターで作詞作曲もされているんですよね。

武田

はい。休日は美術館やギャラリーに行って、若手の作家さんの作品を見るのが好きなんです。特に好きなのは、日本の伝統的な表現が、今の社会と出会ったときにどう変わっていくか、というテーマの作品ですね。

ギターで音を出すのは気分転換にもなります。最近、参加している音楽ユニットの作品を海外の批評家の方に好意的に評価していただきました。自分が書いた詞に触れていただいたのがうれしくて、作詞に力が入っています。ダンスもそうですが、昔から「何かを表現すること」が好きなんだと思います。

アート鑑賞をもっと深く楽しむための「アート鑑賞支援AIエージェント」も個人で作っているんですよ。 一見すると効率の悪いクリエイティブな世界と、合理的なテクノロジーをつなげることは、ずっと自分の人生のテーマだと思っています。

「忙しくて勉強する時間がない」

その間にも、エンジニアの価値は変わっている

金沢

ここからは、エンジニアの皆さんが抱えている不安を、私が代わりに聞いていきたいと思います。 求職者の方と話していて一番多いのが、「目の前の開発や障害対応で手一杯で、AIの勉強をする時間なんてない」という声です。

武田

少し厳しい言い方になりますけど、この1〜2年で、エンジニアの価値の決まり方はがらっと変わりました。AIを使えば、よくあるコードやテストコードは数分で書けてしまいます。時間をかけて丁寧にコードを書くこと自体は、だんだん評価されにくくなっています。

金沢

具体的に「価値が下がっている」と感じる場面はありますか?

武田

仕様書どおりに、決まった実装を丁寧に量産していくような仕事ですね。 定型的なコーディングやAPIの実装は、生成AIに指示を出せば一瞬でできるので人が手で書く理由がなくなってきています。反対に、「そもそもなぜこの実装が必要なのか」を業務の要件までさかのぼって設計できる人は、どんどん求められるようになっています。

金沢

それ、私もお客様とお話ししていて感じます。昔は「仕様書どおりに書けます」というエンジニアさんでも引く手あまただったと思いますが、今はお客様からAIで効率化することを前提に相談を受けています。逆に、「なぜこの機能が必要なのか」をお客様と一緒に整理できる人には指名が入りますし、評価も全然違います。

武田

そうですよね。作るだけの仕事と、課題を解く仕事とに、はっきり分かれてきています。

「30代・40代からでも追いつける?」

ベテランほど強い、と言い切れる理由

金沢

もう一つよく聞くのが、「AIに詳しい人がもうたくさんいるのに、30代・40代から始めて追いつけるのか」という不安の声です。

武田

それは、まったく心配いらないです。むしろ、システム開発やインフラ構築を実務でやってきて、業務の流れもわかっているベテランの方こそ、AI時代に強いと思っています。

金沢

でも、それを聞いても「武田さんだからでしょ」と思っちゃう人、多いと思うんですよ(笑)。

武田

いやいや、本当にそんなことないんです。実務経験がある人ほど有利、という話なんですよ。 AIって、同じことを頼んでも毎回同じ答えが返ってくるとは限らない、不安定さを持つ道具なんです。出てきたコードが本当に安全か、既存のシステムに入れたときに、その不確実性をどう着地させ、折り合いをつけるのか。その勘所を押さえられるかどうかは、実務の経験がものを言います。

金沢

武田さんでも、AIで失敗することってあるんですか?

武田

失敗しそうになることはありますよ。むしろ、ヒヤッとする場面はしょっちゅうです。この前も、エージェントに任せた集計に、もっともらしい間違いが紛れ込んでいました。一見しただけでは気づきにくい。でも、別の角度から検算する仕組みを入れていたので、資料に使う前にきちんと止められました。

AIを使う以上、間違いをゼロにはできません。大切なのは、間違えることを前提に、多角的に評価する仕組みをあらかじめ設計しておくこと。そして最後は、人が見ることです。AIの間違いを見抜く目は、実務経験の中でこそ育ちます。

だから、これまでの開発経験に、AIという新しい道具の使い方を足すだけで、かなり貴重なアーキテクトになれるはずです。追いつけるかどうかを心配するより、今まで積み上げてきた経験を武器だと思ってほしいですね。

金沢

すごく腑に落ちます。最近AIを使って社内ツールを作ったりしているのですが、やっぱり最後はエンジニアの皆さんに力を借りることが多いです。 AIのおかげで「形にするスピード」は圧倒的に上がったものの、「この設計でセキュリティや拡張性は大丈夫か」「障害が起きた時にどうリカバリーするか」といった深い判断は、やっぱり実務をくぐり抜けてきたエンジニアさんじゃないとできないなと痛感しています。

「AIラボ」は、ツールの使い方ではなく「考え方の変化」を学ぶ場所

金沢

ADiXiでは、武田さんご自身が企画から講師まで手掛け、開講からずっと教壇に立たれている「AIラボ」という育成の場を全社で用意しています。 独学だと一人で頑張って途中で挫折してしまう人も多いと思いますが、武田さんが直接教える中で、独学と一番違うと感じるのはどんなところでしょう?

武田

もちろん、自分でも勉強はしてほしいのですが、自分の視点が、他の人とどれくらい同じで、どれくらい違うのか。それを知ることが、設計したり方向転換したりするときに効くはずです。それができるのが、独学との違いですね。

金沢

アウトプットしたものにフィードバックがもらえる、逆に自分がフィードバック側にもなれますね。

武田

その通りだと思います。AIラボは、ネットで調べればわかるようなAPIの叩き方やツールの使い方を教える場所ではないんです。こだわったのは「考え方」と「ハンズオン」の両方。特に大事にしているのは、AIがある業界やビジネスに入ってきたときに、仕事のやり方や考え方がどう変わるのかを読み解くことです。それをみんなで議論して、実際に手を動かして作ってみる。その繰り返しですね。

伸びる人に共通するのは、「正解を求めない素直さ」

金沢

AIラボの受講生で、一気に伸びる人ってどんな人ですか?

武田

素直な人と、正解を求めすぎない人ですね。 AIの世界には、昔のプログラミングみたいに「1+1=2」という決まった正解がない。出された課題をまず面白がってやってみる。わからない言葉が出てきたら放っておかずに、ChatGPTやAIエージェントに「できるだけシンプルに解説して」って聞いてみる。そういう身軽さがある人は、本当にどんどん伸びます。

金沢

AIラボを始めて半年くらいで、どのレベルまで達成することを目指していますか?

武田

実際のAIプロジェクトに入ったときに、「初めて聞く考え方が一つもない」状態です。 Pythonで言うと、FlaskからFastAPIに移るくらいの感覚で、まったく新しいものではなく、知っている土台の延長です。完璧にマスターしていなくても、聞いたことがあって、一度は触ったことがある。言葉自体は新しいものがどんどん出てきますが、土台が身についていれば、現場に入っても怖がらずにすぐ動けるようになります。

最初から専門家だった人なんて、一人もいない

金沢

最後に、今キャリアに悩んでいるエンジニアの方に、メッセージをお願いします。

武田

この前、ADiXiの社内交流会に出たときに、若手のエンジニアから「AIの専門用語が難しくて、ついていけるか不安です」と、すごく正直に相談されたんです。 でも、私も元々は文系出身で、ダンスに夢中で、C言語も知らない未経験者でした。最初から専門家だった人なんて、一人もいないです。 だから、わからないことは恥ずかしがらずに聞いてほしいです。その素直な疑問は、教える側にとっても新しい発見になりますし、一緒に成長していくきっかけにもなります。

私がエンジニアを始めた1999年にChatGPTがあったら、どんなに楽しかっただろうと本気で思いますね。今の若い人たちが本当にうらやましいです(笑)。 環境も仲間もそろっています。ぜひADiXiの「AIラボ」を、使い倒しに来てください。

金沢

武田さん、今日は本当にありがとうございました!

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